『魂を喰らうもの』

 ヘンリー・カットナー著・海野しぃる訳『魂を喰らうもの』(綺想社)

 

 ヘンリー・カットナーのクトゥルー神話作品が集成された。しかも「境界の侵犯者」や「狩り立てるもの」などの名作に加えて、長らく未訳であった作品も収録されている。これを慶事と呼ばずして何と呼べばよいだろうか。

 カットナーの作品は、昨年『ロボットには尻尾がない』が竹書房より出版されており、また『大宇宙の魔女』にはC・L・ムーアとの共作が収録されている(「ハイドラ 魂の射出者」に言及される「暗黒のファロール」という存在は、『大宇宙の魔女』収録の「シャンブロウ」が初出である)。さまざまな側面を持つ作家であることは一目瞭然で、そのことは本書に収録されたクトゥルー神話作品にも色濃く反映されている。

 『真ク・リトル・リトル神話体系3』の解説で、那智史郎氏は「カットナーの神話作品は、これまた<ラヴクラフト・サークル>の諸先輩作家の作風をちゃっかり借用しているようにみえて多彩である」と論じているが、こうして集成されたカットナーの作品を通読すれば、たしかに共通する面もあるにせよ、彼独特の魅力もまた見出せるだろう。

 たとえば、表題作「魂を喰らうもの」で告げられるヴォルヴァドスの言葉、そして主人公の悲壮な覚悟(訳者の海野しぃる氏は「人間讃歌は勇気の讃歌」という、『ジョジョの奇妙な冒険』にも通じる姿があると論じている)。「闇の接吻」「境界の侵犯者」にも垣間見える、格別腕力に優れるでもない脆弱な人間が、恐怖と苦痛の極限のなかで一瞬きらめかせる生の輝きには、思わず胸の高鳴りをおぼえる。

 無論、恐怖の描写も卓越している。本書のトリを飾る「恐怖の鐘」「ハイドラ 魂の射出者」「狩り立てるもの」は特にそうだ。ポウの「早すぎた埋葬」を思わせる二作品が最初と最後に来ているのも面白い。また、「蛙」は「ダニッチの怪」を想起させるモンスター・パニック作品だが、無辜の村民が怪物に襲われるシーンはあまりに生々しい。ここには「墓場の鼠」や「恐怖の鐘」、さらに「闇の接吻」における肉体的描写にも通じるものがあるだろう。先に述べた「一瞬きらめかせる生の輝き」を踏まえれば、カットナーは人間の生命とその感覚をリアルに描くことに優れていた、ともいえるのではないか。

 そして素晴らしいのは、海野しぃる氏の翻訳である。C・A・スミス「驚嘆の星」、R・E・ハワード『叛徒たちの海』のころより感銘を受けていたが、今回も期待にたがわず、なめらかで読みやすく、活き活きとした、確かな文章力に裏打ちされている真摯な訳文であった。とりわけ「ダゴンの落とし子」など、90年近い時の懸隔を軽々飛び越えてくるようだ。そこからは作者への敬意、神話への愛情が手に取るように伝わってくる。氏は本邦におけるクトゥルー神話翻訳者/研究者のホープである。次世代の担い手筆頭として、斯界からの注目は必至だ。さらなる活躍を願ってやまない。

 

お求めはこちらから。

カットナー クトゥルフ大全『魂を喰らうもの』 - 書肆盛林堂