仙髪渓谷に関する覚書

注:以下の文章は、わたしが中学生のころ友人から又聞きした話を記憶を頼りに書きとめた、単なる覚書にすぎない。

 

■仙髪峡谷概要
東北地方に連なる険しく霧深い、木々に覆われた山々にある切り立った峡谷。その奥深くには、一年を通して昼夜霧がひときわ濃くわだかまり、底を見通せぬ領域がある。
近隣の寒村:絹畑村の人びとはその領域を「雲の胎」と呼びならわし、寓意をふくんだ民話や迷信があまたに伝わっているほか、突拍子もない空想譚も生まれている。いかさま神秘に満ちているようだが、このご時世すでに調査はされており、気候条件と地形条件のために必然霧深くなってこそいるものの、本質的にはなんら変哲のない峡谷であることに相違なく、まかり間違っても「化物が出た」などという話はない。
しかし辺鄙な地であるがゆえに峡谷を渡るための橋もかかっておらず、周辺の山には道もまともに整備されていないがゆえに濃い霧と深い森に迷う可能性が高く、あげく絶壁から転落する危険もある難儀な地であることに違いはなく、今日日通行人はほとんどいない。

 

■絹畑村と仙髪峡谷のかかわり
そもそも絹畑村やその他の村落の住民が、仙髪峡谷にむかうことはめったにない。山菜採りや狩猟をおこなうにしても、霧深い山のやたら奥まで立ちいりはしないのが常である。「雲の胎」があるところまで辿りつく者は、遭難か度胸試しかのいずれかといってもよい。そんな有様であるがゆえに、想像力ばかりがやたらと刺激され、さまざまな空想的な逸話を生みだすに至ったと思しい。

 

■絹畑村およびその周辺の民話
寓意をふくむ教訓話は抜きにして、興味深いものだけをしたためておく。

①谷に響く叫喚
「雲の胎」に響く奇怪な音にまつわる逸話。霧のなかには化物が潜んでいるのだという迷信の根源と思しい。実際には峡谷に吹く風の反響かなにかの聞き間違いだろう。絹畑村から「雲の胎」まではそれなりの距離があり、前述した通り霧が濃いうえに獣道同然である。あえて確かめにゆく者もいないのが現状。

②鬼
地元での呼ばれ方は定かではないが、ともかくむかしから「雲の胎」にはなんらかの妖魔が潜んでいるという言い伝えが根強く残っている。恐らく上記の民話もこれに結びつくものだろう。ここではひとまず鬼として書きとめておく。鬼というのは元来この世ならざるものをあらわすものであるし、かまわないだろう。
さて、絹畑村近くの山あいには、かつて和人と交わらぬか敵対的だった蝦夷の一族が住んでいたらしい。妖魔の伝承も、元を辿ればこれら蝦夷への素朴な恐れと差別が生みだしたものである可能性が高い。
余談だが、この一族にかんしては、アニミズムから特異な派生を遂げたなにやらん一風変わった習性があったらしい。しかし典拠となる文献はあいにく見つかっていないので、友人が当時今より妖怪や地方風習に熱心だったわたしを喜ばせようと盛ったのではないかと疑っている。

③化物狸
上に掲げた妖魔伝説となにかしらのかかわりがあるのか、それともまったく独立した事柄なのかはわからないが、要点だけ押さえると、通常の狸にもまして醜く、肥え太り、短足の畜生が群れをなす姿が、ときたま山奥で見かけられるという。なるほど、陸奥国風土記逸文には化物狸を成敗した話が記されている。

④失踪事件
1897年のこと。堺庄吉という男性が、山菜を採りに山に入ったきり帰ってこない事件があった。
夜になっても帰ってこず、陽が登るのを待って村人たちが捜索にむかうと、山をやや深くまで分け入ったあたりに、彼の山菜籠が発見された。

また、その近くには殴り殺されたらしい一頭の貉の死体があったが、これがなんとも不快感を覚えさせる醜いもので、短い脚の先には肉球の代わりに繊毛がびっしりと生えており、上向きになった爪は、普通の種に比べてかなり鋭く大きかったという。
この貉の死体は持ち帰られ、現在でも骸骨として絹畑村の民家で見られるらしい。また聞きなので不正確なこと甚だしいが、あるアマチュア学者の見立てでは、脚の骨格には貉というよりむしろ猫のそれに似た特徴があったそうだ。

庄吉を探していた村人たちは、やがてあることに気づく。北にむけて草がかき分けられた、幅5尺ほどの道のようなものが続いていたのだ。まるで巨大な蛇が這いずった痕跡のようで不気味ではあったが、そのあとを追っていくと、かなり長い時間を歩いた末、あろうことか「雲の胎」を眼下に臨む峡谷の縁に辿りついた。そして崖を覗きこんだ村人のひとりがあることに気づく。崖には、四本の爪が食い込んだような規則的な小さな穴と、球状の粘っこい濡れ跡が無数についていた。

庄吉の姿はどこにも見当たらず、日も暮れてきたことから村人たちは引き上げる。その後、彼の足取りは掴めないままだった。