妖蛆に関する覚書

先日、吉祥寺の古本屋をふらついていたら『ネクロノミコン』を見つけた。

当然本物ではないが、なかなかロマンティックな体験だった。じっさいに見つけて購入したのは、ジョージ・ヘイ編、大瀧啓裕訳による『魔導書ネクロノミコン』の学研M文庫版である。

クトゥルー神話小説において、古書店に『ネクロノミコン』など禁断の書物を求めにいく人物といえば、「星から訪れたもの」のロバート・ブレイクと、「本を守護するもの」の語り手が思い浮かぶ。結局『ネクロノミコン』を手にすることはなく、前者は『妖蛆の秘密』を、後者はネクロノミコンより恐ろしい禁断の書を手に入れたわけだが。

古書店で売られていることが確認される禁断の書は、ほかに『黄衣の王』がある。カール・エドワード・ワグナーの「また語りあうために」でこの記述を読んだときは、わたしが個人的に黄衣の王を気に入っていることもあり、思わず「おお」と声を漏らした。

話はまったく変わるが、東京創元社の『黄衣の王』の暴騰ぶりがすさまじい。今確認したところ、Amazonのマーケットプライスで9261円である。
そういえば、原典の "The King in Yellow" は、黄衣の王とまったく関係ない怪談や恋愛ものも含めた全10篇の短編から構成されているが、東京創元社版は、黄衣の王にかかわる短編4篇と、怪奇長編「魂を屠るもの」からなる独自の構成をとっている。夢のまた夢であろうが、いつか完訳版を手にできたらと思う。

話はまた戻って、今度は『妖蛆の秘密』について。というか、こちらが本題。
『魔導書ネクロノミコン』を読んでいたら、225頁に「妖蛆」に「ようそ」のルビが付されているのに気づいた。「蛆(そ)」はなるほど正しい読み方ではあるが、「妖蛆(ようしゅ)」読みをはじめたのは他ならぬ大瀧啓裕氏であるから(出典は『図解 クトゥルフ神話』61頁コラム)、一瞬首を傾げた。
学研M文庫版『魔導書ネクロノミコン』の出版年は2000年であり、新書版は1994年に刊行されている。他方、はじめて「妖蛆(ようしゅ)」読みが提唱されたのはそれより前になるから、もしかして読み方を転向したのか、と思ったが、2006年に刊行された『ラヴクラフトの世界』の「ヴァーモントの森で見いだされた謎の文書」では「妖蛆(ようしゅ)」読みになっているから(482頁)、単純に学習研究社の担当編集者の方針かなにかで、通常の読み方のルビが採用された可能性が高い。

妖蛆の秘密』は、スティーヴン・キングがことのほか気に入っているように思う。「呪われた村<ジェルサレムズ・ロット>」に物語の根幹にかかわるアイテムとして登場し(訳語は『うじ虫の神秘』)、まだ読んでいないのだが、なにやら最近の長編にも重要な役割をもって登場するらしい。

クトゥルー神話における著名な禁断の書物といったら、ラヴクラフトの『ネクロノミコン』、スミスの『エイボンの書』、ハワードの『無名祭祀書』、そしてブロックの『妖蛆の秘密』が思い浮かぶだろう。
しかし、ラヴクラフトの『ネクロノミコン』は、皮肉なことに単純に使うにはあまりにも有名かつ典型的になり過ぎた。また、スミスの『エイボンの書』は執筆時期とあつかう内容が遥かなヒュペルボレオスというあまりにも壮大にして独自的なものであるから、目的がスミスの世界を描くこと、あるいは禁断の書で埋め尽くされた本棚を飾ることにあるならともかく、あくまでみずからの色を前面に出しながら、主要なアーティファクトとして用いるのはきわめて難しい。そうなると、残るは『無名祭祀書』と『妖蛆の秘密』となる。ここからは好みの問題といえよう。

有名的・お約束的になり過ぎず、あくまで自作品の色を保ったまま、しかし神話愛好家――神話を息づかせる新しき存在・解釈・展開・世界観の創造を大いに好むが、懐かしきアイテムが歴戦の古強者のごとく颯爽と登場し、新たな神話の創造に一役買うのも同様に愛する人びと――には快い目くばせを送れる禁断の書として、『妖蛆の秘密』は今その魅力を新たな形で高めつつあるのではないか。